もうすっかり前の話になってしまいましたが、先月パソコンがクラッシュしてしまったときのこと。
仕事関係のデータなどは、クラッシュする直前に別のハードディスク領域に移していたため、ほぼ無事だったのですが、メインのハードディスクが物理的にクラッシュしてしまっていて、そちらのデータは飛んでしまい、修復不能でした。
何より痛恨の極みだったのは、メールのデータがすべて消えてしまったこと。
それまで受け取っていたメールも、やり取りしたいくつものメールも、何年ものデータが、すべて。
偶然のように、重なるときには重なって、畳み掛けるような喪失感に、しばらく気力も力もすっかり失せてしまって、何も考えられずに呆然としていました。
けれども、また一から再構築しなおして、メールソフトを起動したとき。サーバーにまだ削除されずに残っていて、改めて受信トレイに届いた、一番古い日付のメールは、大切な方から最後に頂いたメッセージでした。
ひとつひとつが、ただただ、偶然に重なっただけのこと。
そう言ってしまえば、そうなのかもしれません。
偶然の重なり合い、積み重ねの中に、出会い、失い、連なっていくもの。
あらゆるものが必然のように、意味があることなのか。
偶然の結びつきには、意味など何もないのか。
あるのかもしれないし、ないのかもしれない。
本当のところは、決して分かりはしないのだとしても、それでも人は、そこに意味を探し出そうとする生き物なのかもしれない。
ふと、そんなことを思います。
捜し求め、見出そうとし、そこに何か意味を感じ取ろうとする。
そこに、「人」らしさを感じるような気もします。
だからこそ、人は人でいられるような気がします。
posted by Metal_NEKO at 22:59|
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微笑みの後に渡る橋
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