2006年01月04日

「詩の原理」 萩原朔太郎:著

というわけで、この記事は、今から6〜7年前(1999年)に、「詩」のようなものを作っていたときに、萩原朔太郎:著の「詩の原理」(新潮文庫)という本を紹介する記事として、私が書いたものです(笑)。

なんのことやら、と思われましたら、前の記事をご参照ください。

新しい年へと歩みだす「今」に、どちらかといえば「芸術」的なものに対する自らの原点にも近いところを、改めて再確認した次第です。
書き方、だいぶ生意気ですが、ご笑覧頂ければ幸いです。

ちなみに、前の記事でも書きましたが、文中の「詩」という言葉を、「工芸(工藝?・クラフト?)」「装飾的なもの」と置き換えると、これまた生意気のようでもありますが、今の私の感慨と、基本的な部分はあまり変わっていないのかもなぁと、思えてきたりもします。


注1:以下、今回改めて太字にした箇所はありますが、文章自体は当時の原文のままです。
注2:ちなみに、萩原朔太郎氏の「詩の原理」は、どうやら今は手に入りにくくなってしまっているようです。大切な本なんですけれどね・・・。


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 他人に、「創作をやっている」と言うと、たいていジャンルを聞かれる。そんなとき、私は「詩のようなもの」と答えるが、実は、そう答えるたびに、ある種の抵抗感を感じてしまう。正直に言えば、私は「詩」というものをもっとも重視してはいるが、世間一般、あるいは自分自身の中での、「詩」という言葉に対する第一印象やイメージが嫌いだからだ。

 今では日本を代表する詩人の一人として、近代詩史上に燦然と輝く軌跡を残した宮沢賢治も、自らの作品を「詩」と呼ぶことを好まず、新たな言葉として、「心象スケッチ」と呼んでいる。第一詩集「春と修羅」刊行時には、「出版社はその体裁からバックに詩集と書きました。私はびくびくものでした。亦恥ずかしかったためにブロンヅの粉で、その二字をごまかして消したのが沢山あります」とさえ語っている。聞きようによっては、自己を卑下したような謙遜の言葉と受け止められなくもない。だが、はたしてそうだろうか。私にとっては、賢治もまた、「詩」と言う言葉、あるいは当時その言葉が持っていたイメージと、自分の目指すところのものとの間に、相当のへだたりや違和感を抱いていたのではないかと思われてならない。

 事実、賢治は、「わたくしといふ現象は」で始まる、「春と修羅」のあの有名な序に、相当の自信を持っていたと言われる。「私はあの無謀な『春と修羅』に於て、序文の考を主張し、歴史や宗教の位置を全く変換しようと企画し、それを基骨としたさまざまの生活を発表して、誰かに見て貰ひたいと、愚かにも考へたのです。」これらの言葉は何を意味するのか。それは、自らの意図したものは、従来の「詩」と言う概念に収まりきるものでは到底なく、新しい次元での表現方法を確立させたとの自負から来るものではないだろうか。だからこそ、賢治は新しいジャンルとして、「心象スケッチ」と名付けたように思われてならない。

 だが、賢治の心象スケッチを改めて読み返せば、それは紛う方無き「詩」である。それでは「詩」とはいったい何なのか。言葉にはさまざまな意味がある。たとえそれが確固とした一つの言葉であっても、だ。例えば、言葉本来の意味と、俗語として認識され、流布している意味。これらは似てはいるが、微妙に異なってもいる。本質的、普遍的な概念と、個人個人や、その時代時代によって変化するイメージと言い換えてもいいかもしれない。そして、ある人が、両者に隔たりを感じたとき、たとえそれが他者にとっては同一にしか思えない場合でも、当人にとってはまったく違うものになってしまう。

 萩原朔太郎もまた、自分の目指す「詩」と、世間で言われるところの「詩」との間に、相当の違和感を持っていた。朔太郎はしかし、賢治とは逆に、従来の「詩」とは異なるものとして、新しい概念をうち立てるのではなく、「詩」の本来持つ概念を明確にすることによって、従来の「詩」に異議を唱えることを企てた。その集大成とも言えるのが、詩論「詩の原理」である。

 本書は、まず「詩とは何ぞや」という概論によって幕を開ける。ここで朔太郎は、自分の目論見を披露している。「吾人が本書で説こうとするのは、こうした個人的の詩論でなくして、一般について何人にも承諾され得る、普遍共通の詩の原理である。」「そこで本書は、この普遍的な解答をするために、内容と形式との、二つの方面から考察を進めて行こうと思っている。けだし詩とは『詩の内容』が『詩の形式』を取ったものであるからだ。」以降、朔太郎は、内容論、形式論の二つに分けて、「詩」とは何かについて考察を重ねていく。

 朔太郎の「詩」は、ただ単に「詩のような形態をとったもの」にとどまらない。小説から音楽、美術といった芸術一般から、感情や知性、科学や哲学、あるいは生き方といったものにまで、さまざまなものの二項対立の中での「詩」の存在を明らかにしていく。

 朔太郎はまた、この中で、「生活のための芸術」と「芸術のための芸術」についても言及している。朔太郎自身が言い換えるところの、「イデア(観念)のための芸術」と「観照のための芸術」である。それはまた、主観的か客観的かと言うことにもなる。これらは目指すものは同じであるが、そこへ到達するための手段が異なるにすぎない。大雑把に言ってしまえば、主観的なものの代表は詩や音楽であり、それに対して小説や美術は客観的であるという主張である。(もちろん、詩や音楽の中にも、より客観的なものもあり、その逆もあるわけだが。)

 ここで朔太郎は主張する。「然るに日本の文壇では、不思議に昔から伝統して、あらゆる言語が履きかえたでたらめの意味で通っている。」「生活のための芸術」とは、言い換えれば、よりよく生きるという理想を追い求める、手段としての芸術である。しかし日本では、「生活のための」が、「生活を描く」と解釈された。もとより、人間の生活に関わらない芸術はない。だが、日本で解釈された「生活」は、それよりもなお狭義の、「米塩のための所帯暮らしや、日常茶飯の身辺記事やを題材とするという意味」に捉えられてしまった、と朔太郎は言う。

 朔太郎が指摘してから七十年以上がたった今でも、その傾向は消えてはいないと思う。そして特に、いま「詩」と呼ばれる分野において。私自身も、ある意味個人的なことばかり書いていた時期があった。「詩」とは、個人から発せられるものだが、「個人的なことがら」を届けるものではない。通常の言葉では言い表しがたいものの核心を、詩的言語によって掴み取り、読み手の内に、より普遍的な世界を開くための鍵であり、スイッチであると私は思う。

 そして本質的な詩人とはどのような人を指すのか。これ以上書くのはやめておこう。興味を持った人は、ぜひ本書を読んでほしい。中には、朔太郎の主張に疑問を持つ箇所もないわけではない。それでもなお、本書は日本を代表する詩人の一人による、第一級の詩論であると思う。もしもあなたが、詩を書いているのなら、あるいは詩を書こうとしているのなら、なおさら本書を読んでほしい。あなたがどのようなスタンスで創作に取り組んでいるかにもよるが、きっとあなたの中で何かが変わることと思う。

 余談だが、朔太郎の追い求めたものと同じものが、渡邊二郎氏の「芸術の哲学(ちくま学芸文庫)」で、より広範な「芸術」について、「哲学」の立場から考察が試みられている。こちらも興味のある方には、一読をお勧めする。

参考文献:宮沢賢治全集1 ちくま文庫

(1999.5.14 記述)

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posted by Metal_NEKO at 22:52| Comment(3) | TrackBack(2) | 琴の羽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
どうも。TBさせていただきました。

萩原朔太郎は「韻律の無い文など存在しない」と言ったと思うのですが、どこで言ったのかご存知ですか?
出典を探しているのですが。
Posted by マル季 at 2006年10月19日 10:24
マル季さん、コメント&トラックバック、ありがとうございます。
残念ながら、手元に今は参照できるような本がなくて・・・。
せっかくお越しくださって、ご質問頂いたのに、すぐにお答えできず、申し訳ありません。
Posted by Metal NEKO at 2006年10月21日 22:40
いえいえ。お気になさらずに
Posted by マル季 at 2006年10月22日 15:17
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