2005年08月08日

効率主義の代償

前回の記事「『物作り』と『美しさ』と。 〜手仕事の意味〜 (8/7)」の最後に書いた言葉。
「手作りなら何でもいいかと言えば、決してそうではない」。
自分の現状を差し引いても、若輩者の生意気な言葉ではありますが。

けれども、ちょうど、ukky_tgさん「陶芸ブログ・さるのやきもの」に、「■クラフトに逃げ込む?クラフトを楽しむ?」 という興味深い記事がUPされていましたので、ご紹介を。
ukky_tgさんの文章の中で、私も、確かにそうかもしれない、と思ったのは、次の箇所。

「確かに以前のクラフトは、“手仕事”“技巧”という言葉に代表されるような、“職人の仕事”的なイメージがあったけど、最近はもっとお手軽になってきているような気がしていました。
そこでは素人とプロの境界が曖昧ですし、クラフトはそれが許されるジャンルになっています。
いわゆる“手づくり”であればどんなものでも許される、みたいなイメージすらあります。」

ukky_tgさんの同記事より引用させて頂きました。)


今回の建築実習の中でも、阿保さんがたびたびおっしゃっていたのが、「プロの仕事のやり方、プロの手入れの仕方を学ばなければ、いつまでたっても素人の延長線上でしかない」という言葉。
クラフトに限らず、大工職人さんの世界でも、もしかするとありとあらゆる分野において、前述のようなそうした流れがあるのでは、と感じられます。
特に住宅関連のお仕事に携わってきた阿保さんが話して下さったことは、非常に考えさせられるものがありました。
(ほとんど住宅関連や大工さんの世界を知らない私が話題にするのも筋違いかもしれませんが、けっこう深刻な状況でもあるように感じられ、また、自分の身に置き換えて考えてみたいことでもあり、多分に受け売りではありますが、ご紹介を。)


かつては、住宅建築と言えば、時間をかけて選び、保管された材を使って、高度な技術を身に付けた職人さん達の手によって、丹念にひとつひとつの材を加工し、作られていたものでした。職人さん達は、極めて質の高い仕事を競い合い、それをまた誇りとし、大切に扱われた住宅は、何年も何十年も補修をくりかえしながら、世代を超えて受け継がれてきたものでした。
それが、今や、伐採されるやいなや、人工的に急速に乾燥させた材を使い、工場で大量に生産された建材を持ってきて、一気に組み立ててしまう。それらの工程は、マニュアル化され、電動工具の普及した現場では、それほど高度な職人技も昔ほど必要とされなくなり、たかだか数十年の短いスパンで取り壊される、住宅すら使い捨ての時代・・・。

そんな風に、住宅建築のあり方がすっかり変わってしまったのは、わずかここ30年ほどの間の出来事だったそうです。
そんなにも大きく変わってしまった背景には、効率化利益を上げること(コスト削減)を追及することに、誰もが走っていってしまったこと(走らざるをえなかった社会状況)が、大きく影響しているようです。
便利である事、効率的であること、利益を上げること・・・、その事自体は、決して悪い事ではないのでしょう。むしろ企業としては、死活問題にも関わってくる事です。
しかし、それらを追求しすぎた事による弊害もまた、大きかったと言わざるをえません。

シックハウス症候群、という言葉は、さすがに私も聞き及んでいたのですが、それらは、より深刻な化学物質過敏症という症状を引き起こすことにもなるそうです。
防虫剤・防腐剤まみれの輸入材。化学物質漬けの新建材。雑誌「チルチンびと 2005 SUMMER 33号」に掲載されていたコラムによると、今では、シックハウスのみならず、「シックカー」という問題も注目されているそうです。そうした住宅や学校、自動車などの、内装材や塗料、接着剤などに使われている有害化学物質。ホルムアルデヒドやトルエン、キシレンなどが頭痛や目眩、吐き気などの症状を引き起こすものです。そして、化学物質過敏症ともなると、およそありとあらゆる化学物質に、体が拒絶反応を引き起こしてしまい、日常生活にすら、極めて深刻な影響を及ぼしてしまうことになってしまうのです。

※化学物質過敏症については、以下のページを参照しました。ぜひご参照ください。
⇒ 化学物質過敏症支援センター 「化学物質過敏症とは」 

本来、住宅とは、安らぎやくつろぎの空間であるはずなのに、それが苦痛やともすれば命を脅かすような空間になってしまっているとしたら。
どんなに効率的に建てられるとしても、どんなにこじゃれた建築であっても、そこに一体、何の意味があるのでしょうか。

軽井沢に見学に行った際に、そうした症例を引き起こす住宅建築の現状に、真っ向から挑戦する阿保さんの、建築中の住宅を拝見する事ができました。

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化学物質の一切含まれない材を丹念に吟味し、昔ながらの工法にこだわって作っていく。
お話をほんの少し伺っただけでも、材料を選定する際の気が遠くなるような膨大な調査やこだわりに、感服と言うか、私ごときには何も言えないような、そんな気がしました。
今の社会に流通している、およそありとあらゆる「モノ」に、化学物質は関与しています。なぜなら、それらを用いることが便利で効率的だから。
化学物質の一切関与しない「モノ」を、見つけ出すのが極めて困難なのは、それらを使わないと、非常にコストが高くなり、管理も大変だから。

そして、この建築中の住宅では、土壁が採用されているのですが、昔ながらの工法で土壁を塗れる左官職人さんは、今ほとんどいなくなってしまったそうです。様々な左官屋さんに問い合わせても、「できない」と断られ、請け負ってくれる職人さんを探し出すのにも一苦労だったとか。

便利だから、効率的だから、利益を生むために・・・。
そんな謳い文句の影に隠された、負の弊害。
そんな姿勢の背中で、失われていく技術・・・。




あ〜、さらに長くなってしまったので、さらに次の記事「感じ分ける『心』」へと続きます・・・。



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すみません、ぐだぐだと駄文を重ねてしまいまして・・・。




posted by Metal_NEKO at 00:36| Comment(0) | TrackBack(0) | Craft・Design | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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