2005年08月20日

「そこに山があるから。」

つい先日、富士山に登ってきました。
その時の様子は、8月18日の「と言うわけで、昨日は富士山登頂。」という記事をご参照頂くとして・・・。

私は、山登り、とても好きですね。二十歳の頃には、東北の奥深い山々を中心に、時には足を伸ばして、北海道の大雪山系や日本アルプスを、1週間〜10日くらいかけて縦走したりもしていました。
とは言うものの、就職してからはだいぶ山からは遠ざかってしまっていて・・・、今回は久しぶりに、という感じでした。


ところで、何で山に登るのか、と思われる方も多いでしょうね。
重い荷物背負って、延々自分の足でひたすら歩き続けて、疲れるし、しんどい思いをして何もない山頂に辿り着いたと思ったらまた帰ってこなければならない・・・。「ムダじゃない?」と思われる方もいらっしゃるかも。

言ってみれば、今の山登りは、趣味やレジャーの範疇に入ってくるのかもしれませんし、ある意味、スポーツとして捉える事もできるかもしれません。私自身も、確かにそんな感覚もあります。とにかく楽しいですし、面白い。
ただ、何事にも「意味」を求めてしまうのが私の性格ですから、こと山登りに関しても、やっぱりそこに、ただ楽しいだけではない、それ以上の自分なりの「意味」があると思っています。

050817-fuji-54-s.jpg

またしても記憶力の悪い私はうろ覚えなのですが、マロリーだったかヒラリーだったか(それとももっと別の人だったか)、有名な登山家が言ったあまりにも有名な言葉がありますね。何故危険を冒してまで山に登るのか、と問われて、
「そこに山があるから」
と答えたと言う。
そういえば、以前、開高健が、この言葉を引用しながら、男にはそうした危険に(問答無用で)自ら飛び込んでいくような、ある種のギャンブル性的な嗜好がある、というようなことを語っていたのをTVで見た事があります。

この言葉だけだと、「理由なんかない」というふうに捉える事もできるでしょうし、麻薬のようなスリルに有無を言わさず魅せられてしまった冒険家のように捉える事も可能かもしれません。或いは、「山」という神秘的な大自然に魅せられ、人智を越えた神聖さに挑み続ける(或いは近づこうとする)ようにも・・・。

私はさすがに、いわゆる「冒険家」のような、常に危険と隣り合わせのような山登りはしませんが・・・。

まだ見た事もない世界を見てみたい。まだたどり着いたことのない世界があれば、どこまでも行ってみたい。
「そこにまだ、未知の世界があるから。」
だから行くんだ。
それが、冒険の始まりのような気がします。

「未知の世界」、というのは、未踏の地というような、何も具体的な場所だけに留まるものではないと思います。
自分が限界だと「思って」境界を引いてしまう人間の力。体力、精神。
そんなふうに、自分でくくってしまった世界の境界線は、本当に限界なのか。もっとその先へ、世界を広げたい。己の限界はどこなのか。世界の果て(自分の行き着くことのできる限界)はどこまでなのか。
それを知りたいがために、挑戦し続けるののも、冒険家なのかもしれません。

050817-fuji-63-s.jpg

つまるところ、山登りとは、(また大げさですが)自分自身の人生観や精神的嗜好を端的に表わす、いわば象徴的なもののように捉える事もできるのでは、と思うのです。
例えすでに誰かが辿り着いた境地であっても、まだ自分が見た事がない世界であるならば、そこへ行ってみたい。
己の力で、どこまで行けるのかを試してみたい。己の力を確かめたい。

その過程で、己や世界と向かい合う、膨大な時間。



(また長くなってしまったので、次の記事に続きます・・・。)


posted by Metal_NEKO at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 微笑みの後に渡る橋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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