2005年09月18日

「外」と「内」を繋ぐ空間 〜そこに込められるメッセージ〜

さて、昨日の続きで・・・。

DOMUS Designさんの事務所の次に見学させて頂いたのが、「“La Bella Vita” (美しい人生)」と名付けられた建物。

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昨日ご紹介した「信濃町U番館」も、こちらも、集合住宅(マンション)として設計されたものです。

この建物では、街並みの景観づくりも視野に入れ、道路との境界線から建物を一歩退かせ、敷地内に街路樹となるような植栽がおこなわれています。この建物が建つ前は、周辺の道路に少なかった緑が、この植栽が出来てから、次第に増えてきたそうです。
ひとつの建物の取り組みが、やがて周囲に広まり、街並みに馴染んでいく。そんな景観づくりのきっかけづくりもあるのですね。

この建物の道路側の入口には、石造りの遺跡を彷彿とさせるような、サインプレート。流れる水が、心地よさげに迎えてくれます。ちなみに、このサインプレート、建物の奥へと続く通路を、道路から直接見えないようにと、目隠し的な役割も持っているようです。

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建物壁面には、レリーフも。植物に囲まれて、さりげなくではありますが、ここにも本物へのこだわりと、迎え入れるメッセージ性や、奥へと足をつい運んでしまうような仕掛けが施されていますね。

さて、道路からの導入部から、さらに足を運んでいくと・・・。



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高く伸びる建物と建物に挟まれた、奥へと続く通路が。
イタリアの路地を想像させるような感じがします。
ちょうど、ブログでも、イタリアに良く見られる入口の空間について説明されていました。
〔シチリアにて。(Vol 2)〕

そういえば、こうした空間演出の方法、フランク・ロイド・ライトも好んで用いていたそうですね。
〔開放への序曲 〜ライトの演出した空間構成〜〕('05/7/7)

奥の空間への期待感。そして、奥へと足を運んだ後に感じる開放的な空間。

空間を演出する、ということ。
そのことによって、その空間が人にもたらす印象は、様々に変わっていきます。
それは、あるメッセージを訪れる人に与える、いわば空間による一種のコミュニケーションにもなりえるのです。

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この通路にも、イタリアの鍛冶職人の手による、ロートアイアンの数々が、ふんだんに使われていました。
ひとつ目の門扉は、装飾的な意味合いが強いのでしょうか。

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この通路の奥には、セキュリティガードされた、ふたつ目の門扉。
この奥には、どんな空間が広がっているのか、というと・・・といったところで、次回に続く事にして。


昨日ご紹介した「信濃町U番館」も、今回の「“La Bella Vita” (美しい人生)」も。「入口」という空間の設計に、とても注意が払われていることが良く分かります。
そして、この「入口」から感じる事が出来るメッセージ。
ふたつとも、人を迎え入れてくれる入口だと感じられます。


昨日、私は 「『境界線』上で、唯一、他者に対して開かれている場所が『入口』」であると書きましたが、私にとって興味深いのは、この「入口」が、その場所や用途によって、まったく相反する役割を担う(期待される)というところです。

例えば、住宅などでは、防犯の目的などから、この「入口」さえ、外部の他者に対しては閉ざされる事が多く、多くの住宅に見られるような門扉などは、装飾的にも機能的にも、「閉ざされる」ようなメッセージを持っているようにも感じられます。
一方、商業施設などを例にあげれば、その「入口」は、大切なお客様を「迎え入れる」ために、「開かれたもの」となる必要性を持ってくるわけです。

style.jpg

(上記の図は、様々な境界線と入口のスタイルを例にあげ、それらから感じられる機能やメッセージ性を考えてみたものです。現実には、これらが組み合わさった形で存在する事で、より細やかなメッセージ性を持って来るものと思われます。なお、デザインによるメッセージ性は、別に考察しているため、ここでは触れていません。また、あくまでも例として挙げているので、他にも様々なスタイルが考えられるかもしれません。ご意見など頂けましたら幸いです。)


「開かれる」ための「入口」と、「閉ざされる」ための「入口」。
この、相反するふたつの重要な役割を、どちらも充分に満たすような機能とメッセージ性を持たせる事は、今、とても難しい問題なのかもしれません。
今、社会で多発する犯罪。個人住宅や公共施設にも、不審者が侵入し、痛ましい傷害を引き起こす事件が、後を絶ちません。そうした状況からも、内部の空間への「入口」は、「開かれた」ものではなくなっていき、むしろ他者に対しては、強固に閉ざされていく方向に進んでいっているように感じます。

それは、現実問題として、不審者や事件が後を絶たない状況では、身を守っていくためにやむを得ないことではあるとは思うのですが・・・。
現実は現実として対処せざるを得ないとは分かっていても、それでも、直接的にしろ間接的にしろ、人を疑い、疑われ、また、見知らぬ人を信頼してはならないと教えざるを得ない社会というのは・・・、やはりどこか寂しく悲しい気がします。
ま、そういうことを言い出すと、また難しい問題になってしまうので、ここでは置いておくとして・・・。


少なくとも、それでもやはり、親しい者に対しては、「入口」は「開かれたもの」であってほしい(ありたい)と思うのです。
親しみを持って訪れる者を、迎え入れる事のできる「入口」を、心にも現実にも、持っていて欲しい(持っていたい)、と・・・。

「閉ざされる」ためのものではなく、「開かれる」ための「入口」。

それが、私にとっての、ひとつの重要なテーマであり、今回の卒展のテーマでもあるのです。


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☆今回の参考記事
 DOMUS DesignのHP 

 DOMUS Design代表でインテリアコーディネイトの先生のブログ:イタリアそぞろ歩き
  〔シチリアにて。(Vol 2)〕 →イタリアによく見られる、入口の空間構成について


☆過去の関連記事
 〔開放への序曲 〜ライトの演出した空間構成〜〕('05/7/7)

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明日館での卒業制作展まで、あと138日。
DECOBI祭までは、あと6日!!

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posted by Metal_NEKO at 23:08| Comment(2) | TrackBack(0) | Space | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。
建物の入り口ってみるの大好きです。中に何があるのかな、とワクワクして想像を膨らませる場所ですよね。
確かに、近頃の住宅はセキュリティーが万全。
友達に「出るときは鍵しめてポストいれておいてね」
ということが今のマンション構造だと出来なくなってます。
開かれた入り口は住宅においてはいろんな面で難しくなっていきそうですね。
でも捨てないで欲しい理想です。
Posted by 店長 at 2005年09月19日 15:34
店長さん、こんにちは!

以前、フランク・ロイド・ライトのお孫さんのデザインした「みなとみらい」の建築(M.M.MID SQUARE)をご紹介したことがありましたが、そのエントランスデザインには、「守られている。それでいて開放的。」という謳い文句が掲げられているそうです。

わくわくできる入口、いいですよね〜。
初めての人には、「ようこそ」と迎えてくれる入口。
そして、帰って来る人には、「お帰り」と迎えてくれる入口。

そんな思いは捨て切れなくて。
住宅対象では、でも難しいだろうな、ということで、今回は商業施設的(?)な入口を対象として制作する事にしました。

いつかは、住宅にも応用できれば、とは夢見ていますが、その時は、しっかりしたセキュリティ対策が求められてしまうんでしょうね・・・。
でも・・・、メッセージ的にも「閉ざされた」入口となってしまうよりは、とは思います。
つっけんどんに、「閉まってますから!」と言われてしまうよりは、「今は閉まっているけれど、また来てね」と言ってくれるような入口(笑)。人と人とのコミュニケーションにも、通じるところがありそうです。
Posted by Metal NEKO at 2005年09月19日 17:25
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