2005年11月11日

パズルを解いていくように

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(※今回、画像と本文は関係ありません。画像は、2日前の富士見の様子です。)

昼は他の演習も受けつつ、工房で卒業制作。時間ぎりぎりまで作業をした後は、部屋に戻って、展示のレイアウト案。それが、ここ1〜2週間の日課となっていました。

限られた特異な空間にテーマも作風も異なる19名の作品を配置していくということ。
展示のレイアウトは、本当に難しいな、と思います。

この間、ミーティングでみんなで煮詰まってしまい、う〜ん、と渋い顔で考えこんでしまっていたら。
ちょうど同級生が通りかかって、「もっと楽しくやったらいいのに」と言われてしまいました(笑)。
確かに、傍目には、苦しんで辛そうに見えたのかもしれませんが・・・。

でもね。

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すっごく、面白いんですよ!

何て言うんでしょうね、確かに傍目にも楽しそうに、わ〜い、って騒ぎながらやるような作業じゃない。
でも、こう、考えこむ事の楽しさと言うのは・・・、例えて言うなら、将棋やチェスを楽しむような感覚でしょうか。

全体の流れを考えながら、どの作品をどの位置に持ってくるか、どれとどれを組み合わせていくか・・・。
一つ一つの作品を見ても、全体を見ても、どちらの魅力も最大限に引き出せるようなレイアウトは・・・?と、組み合わせを変化させていく。


まるで、一つ一つの作品展示をピースとしたパズルを解き明かしていくように・・・。



子供の頃、私はジグソーパズルが大好きでした。
ピースを組み合わせていくことで、ひとつの絵が出来上がる。
それがとても面白かった。

でも、ジグソーパズルは、ひとつのピースが収まる場所は、必ず一箇所しかないと決まっていて、出来上がる絵も、始めから決まっていますよね。展示のレイアウトが少し違うのは、ピース(個人の作品)が収まる場所は、どこでもありえるし、出来上がる全体像も、決まっていないということ。
組み合わせが無限大なら、全体も無限大。そこには、数え切れないほどの可能性があるわけです。

レイアウト案をひとつ考えると、ここをこう変えたらどうなるだろう、という興味がふつふつと沸き起こってきて。
これもありえるかも、あれもありかも、次から次へと広がっていって。

で、気がつくと、いつも夜明け近くになってしまっていたり。

結局、何十通りにもなってしまいましたが、都度、みんなの意見を聞きながら、講師のアドバイスを取り入れながら、繰り返せば繰り返すほど、だんだんこなれてくるというか、まとまってきているように感じます。
そろそろ、これなら行けるんじゃないか、というところまで、だいぶ煮詰められてきているような・・・。


今日、みんなにアンケートをとりました。
思っていたより、みんながとてもたくさんの意見を言ってくれて。
とても嬉しいと同時に、本当にいろいろな考え方や捉え方があるな、と。


これは、たまたま聞いた話ですが。
美術や工芸、建築などは、総合力が問われるものなのだと。
それはつまり、その人そのものが、そこに表れてくるともいうことで。

例えば数学などのように、必ずひとつの答えが導き出されるものではないわけです。
技術面や基礎理論などは別とすれば、19人いれば、19通り以上の見方や捉え方があり、19通り以上の作品が出来上がる。
私は、そこが面白いし、そのそれぞれに、たった一つの正しさも間違いもないのだと思います(よほどのことがない限り)。

(そんな風に、最近では、できる限り各々の考え方を受け止められたら、とは思っているのですが、とはいえ、私は私で、自分なりに信じるべき柱のようなものは、やはり別にあって。それに対して、「それは違う」、「こちらの方が正しい」と異論を唱えられてしまうと、それはそれでつい反論してしまうんですよね。そういう時、とても悪く捉えれば、自分でも何となく、「自分の考え方を認めてくれるなら、あなたの考え方も認めます」とでもいうような、ある種のいやらしさのようなものも、自分の中に感じてしまって・・・。ちょっと自己嫌悪しますね、そういう時は。短気?意地っ張り?まだまだ大人じゃないと言うか、未熟というか、経験不足と言うか。まぁ、それはともかく。)

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今回の我々の卒業制作展のサブタイトルは、「ものづくりって、『     』。」
19人それぞれが、ずっと取り組み続けてきた、それぞれにとっての「ものづくり」とは、という答えが、ここにはあります。
それは、決して、ただひとつの答えではない。
19人の、19通りの、答え。

正直、最初の頃は、私はもっとひとつのコンセプトに絞り込んだ方がいいと思っていました。
でも、たくさんの話し合いを重ねるうちに、むしろそちらの方が間違いのような気がしてきました。
違っていて、いいんじゃないか。
違っているから、面白い。
違うからこそ、そこにたくさんの可能性がある。
違うものどうしだからこそ、そこから新しい何かが生まれてくる。

今では、そう思っています。


展示のレイアウト案。
19人の、19通りの作品。
そこにある可能性を、最大限に引き出せるように。
たくさんの可能性を感じることができたなら。
見に訪れてくださった方にも、それぞれにとっての「ものづくりって・・・」という答えを、見出してもらえるかもしれません。

「ものづくり」って、我々が学んできた工芸や建築の分野だけではありません。特別な事でも何でもなく。
芸術でも、工業でも、土木でも。農業でも林業でも園芸でも、裁縫でも料理でも、それこそありとあらゆるものがその中に含まれてきます。

誰もが必ず、日常的に何かを「つくって」いる。
誰もが生きていく中で、何かを「つくる」ことの意味

我々が、卒業制作に取り組むことで、日々当然のようにこなしてきたことの意味を、改めて問い直し、そこにそれぞれにとっての答えを見出したように。
訪れてくださった方にも、改めてそこまで感じ取ってもらえたり、改めて見つめ直すひとつのきっかけになれたら・・・、今回の卒展の意義は少なからずあるのではないかとも思うのです。


そんな卒展となるように・・・。
展示のレイアウト案に、完璧なたったひとつの答えはないのだと思いますが、我々のそれぞれが伝えたい事が最大限に引き出せるよう、未熟ながらベストを尽くしたいと思っています。

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明日館での卒業制作展まで、あと84日!
ちなみに、学内の卒展最終審査まで、あと33日!!

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posted by Metal_NEKO at 23:59| Comment(6) | TrackBack(0) | 卒業制作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
僕の学校は二月の始めに卒業作品展があります。いまになり二年生もアクセルがかかってきて、カンカントントンシャシャと音がなっています。工芸なので作品は小さい物が多いし、生徒とも多いしあなたみたいには関われないでしょう。やる場所も美術館だし。去年はあくまでも観客の一人でした。2年でこんなものつくれるのか??と関心したり、え...?これがと思う物も中にはありました。専攻により、作品のレベルが平均的にいい所とバラツキがある所がありました。今、当事者になってみると、高い所は先生ががんじがらめに生徒を固めて詰め込む所で、ばらつくとこは放任主義で自分がらしない限りは何も教えない所でした。うちは後者で放任主義です。ただ纏まる所は飛び抜けた物が無く皆70点って感じで、ばらつく所は99点から10点って感じでした。工芸は技術と想いが一緒に上がっていかないとダメだとおもいます。どちら欠けていても良くはならない。先生には苦笑されながら僕は課題以外の事をしています。でも恥ずかしいくて、中途半端のものでも先生にみせています。先生は根っからの職人だから教えるのは下手です。言葉とやっているさまをコソっと見せるだけ。ただ少しのアドバイスは、ピンポイントにききます。このやり方で出来るのか??と迷っていても、『このままやっていたらできる』この一言で勇気がわくものです。ます自分でやってみる、本を読むより何倍役に立つかわかりません。物作りそれは作り手そのものがでると思います。ある意味自分のコピーなのかもしれません。自分の分身かも??ダメなとこもいいとこもそのままでる。だからこそゴールはないと思います。ある意味、今の自分を全部出すのが作品。いろいろ書いていると、あなたの作品をみたくなりますね。都合が付けば諏訪で行われるのを見にいきたいです。制作のほう頑張ってください!!
Posted by のりちん at 2005年11月12日 19:26
NEKOさんご無沙汰してます。
ブログの内容とは関係ないですが、本当に綺麗なところに住んでいらっしゃいますね。
画像から、空や地や木などの自然の力が伝わってきます。
最近、自然の流れに身を任せつつ、そのパワー・エネルギーを感じるようにしています。
仕事などで上手くいかない時も多いですが、自然の流れに逆らわない方法で対処するよう心掛けると以外に上手くいきます。
まだ実験中ですが、自然の流れパワーまたお伝えします。
Posted by 片山@エコ at 2005年11月13日 23:41
のりちんさん、こんにちは!
そうですよね〜、私の学校は3年制ですが、大抵のところは2年制なんですよね。
私が2年の頃は・・・、今でも結構グダグダだったりしますが、さらにグダグダなものがやっと作れるようになったかなぁ?という程度でした(笑)。
そうそう、2年の時は、ひたすら加工のサンプルを作る、という課題があったんですよ。どんな加工をすると、どんな表情やどんな形ができるのか、教えてもらうのではなくて、ひたすら自分で考え、試し、自分で探していくというものでした。
課題と言うより研究のような、ある意味自己探求のような感じもありましたが、素材ととことん向かい合い、様々な可能性を探していくような感じで、とても良かったですよ。

作品は、自分の分身、確かにそうですね。
良くも悪くも、「その時」や「今」の自分自身が反映されてしまいますね。技量も、思いも。

卒業制作展、ご都合が合えば、是非!
お越し頂ければ嬉しい限りです。
Posted by Metal NEKO at 2005年11月14日 21:20
片山さん、先日はお騒がせしてしまい、すみませんでした。
ありがとうございます。

今日また八ヶ岳の写真をUPしましたが、いよいよこちらは、一足早く冬がやってきたようです。

自然の力、自然の美しさ。
学ぶことは多いですよね。
偶然のように見えても、必ずそこには意味があって。

私は、どちらかというと、結構流れに抗ってしまう事も多異様な気がします。
もっと自然に、流れるように。
意味も分からず流されてしまうのではなく、流れを見出して意識的に沿うように。

今ちょうど、展示会のレイアウトを詰めているところですが、それも同じなのでしょうね。
自然に無理なく流れるように配置すれば、見る人にも心地よく受け止めてもらえるのでしょうが・・・。
まだまだ、どこかに無理が生じてきてしまったり、個人個人の思惑などが絡み合ってきてしまったり、なかなか難しいものですね。

自然な流れ、私も心がけていきたいです。
是非、またお教えください!
Posted by Metal NEKO at 2005年11月14日 21:20
2/3〜5のはウチの方も卒業作品展が近いし無理かも。2/17〜20の方は土日ならいけます。まあそのときしだいかもしれません。いく方向で考えます。
 今はこの作業したら、こうなるというのを自分に覚えさせてるって感じですね。鍛金は授業以外でやってるから、ボチボチしか進みませんが。おかしくても形にはしていってます。中途で辞めたら意味がないので、先生に見せました。笑ってましたが、『やり方はあってるし、慣れるのが一番だし、やりつづけろ』と言われました。反復してするのが技術を覚えるのは一番。ただ今作ってるのは直径7cm程のものだから、地金の銅板は1mmでは分厚過ぎます。かなり気になる。地金もないし薄い銅板を買ってこなくてはいけないです。でも金槌でトントン叩くのは楽しい。ついつい授業の方をさぼってしまう事が.......。
Posted by のりちん at 2005年11月15日 07:40
のりちんさん、こんにちは。
ここのところ、レスがいつも遅くなってしまってすみません。

卒業制作展、そちらも同じくらいの時期なんですね。富士見展の方は、学内での開催で、東京展とはまた違った趣になると思います。ちょうど真冬の凍てつく時期ですが・・・、ぜひぜひ、お越しください!ありがとうございます。

叩いて形が出来て行く様は、鍛造や鍛金の醍醐味といったところで、本当に楽しいものですね。思い通りに行く時も、行かない時も・・・。

銅版は・・・、でも高いですね(笑)。私が今回使っている鉄板は、3.2o厚です。さすがに汗だく&疲れました(笑)。
作業の途中だと、結構いい感じのように見えたりしますね。全体の仮組みをして、やっと分かる歪みなどもあって、いや〜、難しいものです。

Posted by Metal NEKO at 2005年11月19日 00:14
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