2007年03月31日

伝えたくて

さまざまな思いを抱いて、歩いていくそれぞれの道。
抱え込んだ思いも、伝えたい思いも。

思いを託して、言葉を紡ぎ。
思いを込めて、何かを作り。
伝えたい思いを形にしながら、歩いていく。

行動そのものや、しぐさや気配。
願うことも、祈ることも、またきっと。
思いは様々に形を変えながら、届いていく。


ここまで歩いてきたのは、たぶん、
ありがとうと、伝えたくて。

思いを形にするすべを探しながら。

これからも歩いていくのは、きっと、
ありがとうと、伝えたいから。


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2007年03月28日

時間

しばらくご無沙汰になってしまっていた知り合いの方から、連絡が届きました。

ご夫婦で元気で変わらずに過ごされていることと、ずっと思っていたのですが・・・。何と言ったらいいのか、いまだに分からないままでいます。


時間は、誰にでも平等に過ぎていくはずなのに。
でも、みんな違う。

「それ」は、誰のもとにも、いつかは必ず訪れるものだとしても。
あまりにも突然に、けれども当たり前のように訪れる。

過ぎていく時間の単位は同じでも。
当たり前のようだけれども、みんな違う。
その人にとっての、長さや重み。意味も、価値も。



これまでお二人が共に積み重ねてこられた日々と、これから新しく紡いでいかれる時。何よりもかけがえのない大切な時間が、たくさん、たくさん、長く、長く、続いていってほしいです。



過ぎていく時間。
これからの時間。

私にとっての、長さは、重みは、意味は、価値は。


人生そのものに、夢中であれたら、と思います。

人として生きることに。
まるごとひっくるめて。
夢中でありたい。


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2007年03月19日

おめでとう、ありがとう。

寒の戻り、だそうで、またしばらく寒い日が続いていましたが・・・、それでも、昼間は結構暖かいなぁ、という気がしていました。火造り鍛鉄作業のせいもあるかもしれませんが。

それはともかく、桜もちらほら咲き始めたそうで、寒さ暑さも彼岸まで、の言葉通り、いよいよ春ですね!
身の回りの出来事も、訪れる季節にふさわしいような、嬉しさに溢れているような感じがします。

結婚した、という話や、結婚することになった、という話を立て続けに聞いたり。
進学する人も、卒業する人も。
就職する人も、転職する人も。

変わっていくことも、新しく始まることも、日常の中にいつもそこかしこにあるのでしょうが、春は、いつもより少し、分かりやすくしてくれるのかもしれませんね。
芽生えが顔を覗かせるように、花がほころびるように。

そして、私自身も。
変化のチャンスを。


前述の、サプライズなおめでたい話を、大学の時の友人から聞いたのが、昨日の晩。
今日は、偶然にも、大学の時の別の友人から、思いがけない荷物が届きました。
さらには、いつもお世話になっている業者の営業の方から、おみやげを頂きました。
今日は、昨日までとはうって変わって、制作の方もすこぶる順調!


そんなわけで、珍しく、仕事上がりにちょっと飲みたい気分に。
おまけに私にはこれまた珍しく、ビールで(笑)。


春にはたくさんのありがとう。そしてたくさんの、おめでとう!

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では、乾杯〜!




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2007年03月02日

波の中に、波のように。

いつだって、どこだって。
山あり、谷あり。
誰もの日常に、そして自分の日々にも。

山あり、谷ありの日々の中で。

小さな私の手の中から、
何かがこぼれおちそうになる時。
それは自分の手には負えぬものと、
つい他の何かに負わせてしまいそうになるのは、
小さな己の甘えや弱さから、なのかもしれません。

山越え、谷越えの道のりの中で。

私の小さな器から、
何かがあふれ出してしまいそうな時。
自分の器にどれほどの何が収まるのかと、
何かに試されているような気がしてしまうのは、
己を知らぬ思い上がりやうぬぼれに過ぎない、のかもしれません。


山だろうと、谷だろうと。
ようやくひとつの、「何か」を乗り越えて。
乗り越えれば、また、「今」がある。
「今」の目の前に、また。
その先に、また。

越えていくことには、変わりがなく、違いのないものなのかもしれません。


山も、谷も、変わりなく。
ただひと連なりの波のように、
乗り越えて、時にかわし。
少しづつ背伸びをしながら、
時に己の身の丈を見誤って、
波に飲まれつつ。

連なる波に乗るように、

大切なものを大切なままに、
変わることなく抱き続けられる、というのは、
そういうことなのかもしれません。

己も連なる、波のように。

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2007年02月09日

不都合な真実

昨日は「軽々と・・・」と書いてましたが、今日はちょっと重い話題を・・・。

気象庁の発表によると、「2007年1月の世界の月平均気温は、統計を開始した1891年以降で最も高い値となり、先月(2006年12月)に引き続き第1位を更新」してしまったそうですね。(気象庁の報道発表資料より引用)

地球温暖化問題を扱った映画、[不都合な真実]、もう公開が始まっていたんですね。
An Inconvenient Truth.gif映画[不都合な真実]公式サイト
(↑こちらでも、予告編を見ることが出来ます。まだ目にした事がない方は、ぜひ。)

とても気にはなっていたのですが、まだ映画は見に行っていなくて・・・、と思っていたら、先日の移動の途中で立ち寄った本屋さんに、書籍版の[不都合な真実]が並んでいました。
で、今、それを読んでいます。

[不都合な真実]
(アル・ゴア:著 枝廣淳子:訳 株式会社ランダムハウス講談社:発行 2007年1月)


地球温暖化って、もう本当にずいぶん前から、耳にはしていますね。CO2濃度がどんどん上昇している、気温がどんどん上昇している・・・、いろんな機会に耳にして、気にはなっていたけれど、でも本当には、実感も危機感も感じづらく、欠けていたのかもしれません。

[不都合な真実]、まだ半分くらいしか読んでいないのですが、その変化や影響の大きさが、ぱっと見て分かるような情報や写真が次から次へと提示されています。
例えば、100年や数十年前の分厚い氷河の写真の隣に並べられた、現在の同じ場所の写真。世界中のそこかしこで、あったはずの氷河は、すっかり融けて消え去ってしまっています。
スケールやスパンが大きすぎて、日常生活の中では、なかなか気づきにくいこと。もしかしたら、どこかで、気づきたくないと目をそらしてしまっていたこと。それが、この本(や映画)には、鮮烈な衝撃とともに、「真実」としてはっきりと分かりやすく示されています。

改めて、というよりも、なおいっそう、これからどうなってしまうのか、どうしていくべきなのか、自分はどうするのか、何が出来るのか・・・、などなど、考え直す大きなきっかけになっています。


生きていくのには、とても大きなエネルギーが必要になります。生きていくうえで、たくさんのものを必要とし、たくさんのものを消費していく。

直接的に、個人個人のレベルで出来ることは、最近特に関心が高まり、いろいろなところで勧められていますね。
なかなかそれらのすべてを実践することは難しいのですが、でも出来ることから少しずつでも、もっと意識的になって心がけていきたい・・・と改めて思います。


そして、生活者消費者でありつつ、より意識的にならなければならないもう一方の側面は、私自身が、ものづくり、という生産者側の立場にも立っている、ということでしょうね。

ものを作り上げるのにも、とても大きなエネルギーを必要とします。
それは、大規模な工業設備・産業に限った話ではなくて、私たちのような、人の手レベルであっても。
鉄を赤く熱して加工するために燃やす熱。化石燃料を燃やし、ガスを燃やし、溶接にもガスを使い、化学合成物質の塗料を使う。

ものづくりを志しながら、環境問題に関心を持ち、学びに学び、考えに考え、ものづくり以外の道を志し始めた友達がいます。
それも、何か理解できるようにも思いますし、そういう道も、選択肢としてありえるのだと思います。


それなら、自分はどうするのか?

とても難しい問題です。
日々や仕事の忙しさの中で、ついつい忘れそうになってしまいますが、今回のようにふと思い出しては、また考え、答えがでないまま、また考え・・・。
(漆の焼付けだとか、別の方法をいろいろ試し始めたのも、実はその一環であったりもします。)


[不都合な真実]の本の最後の方に、個人個人のレベルから出来ることが、いくつか挙げられています。その中に、「消費量を減らそう」、「長持ちするものを買おう(同書より引用)」というのがあって、結局のところ、たぶん、そういうところに繋げていけるようなものを作っていけるようになれば、少しは社会に対して貢献できるようになれるのかもしれません。

長持ちするものを作れるようになりたい。
ずっと使っていても飽きの来ないような、長く長く、ずっと使ってもらえるようなものを作れるようになりたい。
自分が作ったものでも、誰かが作ったものでも、古びても壊れても、また息を吹き返し、それからまた長く使えるように、手入れや修理ができるようにしたい。


自分に出来ること。自分がすべきこと。
大切なことは何か。重要なことは何か。

本当に必要なもの(こと)って、何だろう。


探すことも、見極めることも、選択することも。
とても難しいですね。
もしかしたら、一生かけても答えは出ないかもしれません。
それでも、一生かけて考え続ける必要も価値もあります。


[不都合な真実]の著者、アル・ゴア氏は、この本の中で、息子さんがひどい交通事故に遭い、大きな怪我を負ってしまったときに、「自分にとって大事なことは何なのか」を改めて見直し、人生が大きく変わったと述べています。

アル・ゴア氏にとっての大事なもの、その最初の答えは、「家族」だったそうです。
「そして、この危険な瞬間に、美しい地球の最も大切なもの―私たち、子どもたち、将来世代にとっての住みやすさ―が、私たちの手からすべり落ちないように、自分にできるかぎりのことを行う義務を与えられたのだ。」(同書より引用)


一人の作り手としても、一人の生活者としても。
さまざまな仕事においても、生きていくうえでのいろいろな局面においても。
それが確かに、ひとつの大きな柱であり、目的なのではないか・・・と、やっぱり思えます。

だからこそ、その「目的」を達成するための「手段」を、人はずっとずっと、一生かけてでも、考え続け、実行し続けていくのでしょうね。


[不都合な真実]、いろいろな側面も絡み合って、賛否両論あるようですが、改めて地球温暖化の問題を見つめなおし、考え直す大きなきっかけとして、本でも映画でも、どちらでも一度目にされてみてはいかがでしょうか。お勧めです。
posted by Metal_NEKO at 22:32| Comment(3) | TrackBack(0) | 微笑みの後に渡る橋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月30日

よいお年を!

卒業制作展から卒業、「家風」への参加、そして秋には「Metal NEKO」開業・・・。

いろんなことがありました。
あっという間の一年でした。(まだちょっと早いですか)
何もかもが始まったばかりで、やり残したこと、やれなかったこと、もちろんたくさんあって、反省もひとしおですが、なによりも、大きな転機と転換の年でもありました。

今年の仕事を終え、一人作業場を振り返れば、たくさんの方々のおかげで、今ここに居られることをひしひしと感じ、どれほど感謝してもし足りないとの強い思いがこみ上げてきます。

本当に皆様、どうもありがとうございました。

言葉にしきれぬ感謝の念は、言葉ではない別の姿形で、いつかお伝えできればとも願っています。(私にとっては、ものを作ることも、そのひとつの手段なのかもしれません。)


地道に着実に、来年はなおいっそう、奮起努力し、幅を広げ、発展させてまいりたいと思います。
どうぞ今後とも、宜しくお願いいたします。


それでは(少し早いですが)・・・

皆様、どうぞよいお年を!


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posted by Metal_NEKO at 15:30| Comment(0) | TrackBack(1) | 微笑みの後に渡る橋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月24日

Merry Christmas!

そんなわけで、今日、無事納品に行ってきました。

作者冥利に尽きるというか、こんな風に作ることを仕事として、人(お客様)と関われて、心から良かったと、そう思える日でした。
イブの日に納品に行って、まるで自分が、何か大切なクリスマスプレゼントを頂いたようで、心がずっと暖かな感じでした。

Merry Christmas!




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2006年11月27日

季節の通り

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一日中、あちらへこちらへと、何だか営業マンのような、一日。

八王子から高尾にかけての国道20号。
よく行き来するこの通りは、長い長い銀杏並木。

家風の工房から、自分の作業場へ。
移動するときは、いつも深夜に近くなってから。

夜間の工事や、落ち葉の清掃作業の為の照明。
煌々と冴えた光にライトアップされて、並木も落ち葉も、より一層鮮やかに引き締まって見えるようです。
想像力さえ働かせれば、華やかなイルミネーション。

いつもよりだいぶ早い時間に通りかかった並木通り。
灰色の空に、目立ち始めた裸の枝先。
雨にぬれて、道路一面にびっしりと張り付いた落ち葉。

この通りで感じた、移りゆく季節、次の季節。

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2006年11月13日

這いずり回って

這いずり回るように、地べたを歩いていく。
土をなめるように、泥を喰らうように、顔がこすりつくように、
地べたを歩いていきながら、それでも空を見上げている。

どこまでも青く、どこまでも高く、どこまでも澄み切った空に、
どれほど恋焦がれても、その空を自由に飛べるわけもなく、
這いずり回るように、地べたを歩いていく。

それでも空を見上げてしまうのは、
そこに信じるに価するものを感じるからだ。
それに信じるに価するものの姿を重ね合わせるからだ。

闇夜を行く時も、果てすら見えぬ地平を目指す時も、
遥かに遠く、けれども確かな標を見出すように。
時に切なく、時に孤独に、そしていつか、限りのない優しさと暖かさで、
瞬き、輝き、包みこむものが、そこにあるから。

どれほど空を見上げても、空を飛べるわけでもないように、
その高みにどれほど恋焦がれても、辿り着けないかもしれないけれど、
そこに誰かやあなたの、灯した光が輝いているから、
這いずり回ってでも、この地べたを歩いていけるんだ。

遥かな地平の先を目指す時、
大地も空も、一連なりの中に見据えているように。
空を見上げるから、ずっとどこまでも
この地べたを歩いていけるんだ。

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夏頃から走り続けてきましたが、正直なところ、11月に入ったあたりからかなり調子が狂いだし・・・。やることなすこと裏目に出てしまうような状況に陥ってしまった時もあり、自分でもどうしようもなく歯がゆくふがいない思いもしていました。
今までのやり方だとうまくいかないという状況があり、それに変わる新しいやり方を試行錯誤中で失敗の連続だったということもありますし、「大丈夫、大丈夫、まだ頑張れる、っていうか、頑張んないとまずい」と、休みらしい休みも取ってこなかったこともあって、さすがに精神的にも体力的にも、ちょっと厳しくなりかけていたのかもしれません。

そんなことをようやく自覚して、なんとかバランスをとりつつ、徐々に調子を取り戻してきたちょうどその頃(先週)に、思いがけず届いた暖かな言葉のサプライズ。
受け取っている間、知らず知らずの内にずっと空を見上げていました。
俯いて吐く溜息はこの上なく重かったけれど、空を見上げて自然とこぼれる息は、笑い声とともに何だかとても軽くなっていました。
本当に嬉しく、感謝の心で一杯です。

これでまた、頑張れます(単純?)
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2006年10月22日

帰るところ

「え?もうこんな時間?あ〜、もう帰らないと・・・。」

どこかに出かけて、どこかに帰る。
誰にでも、その人にとっての帰る場所がある。

今の自分は、生活も、仕事も、二重の暮らし(笑)。
二つの間を行き来していると、いつも「帰ってばっかり」のような気がしてくる。

どちらかに行って、どちらかに帰る、という感覚ではなく。
どちらかからどちらかへと帰る、帰る、帰る・・・の繰り返し。

そんなことを繰り返していると、「帰る、っていう感覚って、何だろう?」、などと、ふと考えてしまう。

「住まい」に帰る、っていうこと?
自分の家だったり、部屋だったり。体を休めることの出来る場所。

帰る、という感覚って、でもそれだけでもないような気がする。
故郷だったり、思い出の場所だったり。
「原点」に帰る、っていうのもあるのかな。

家族のもとへ、誰かのもとへ。
心を休めることの出来る「ところ」。


どこかに出かけて、どこかに帰る。
帰るところがあるから、どこかに行ける。
毎日毎日、誰もが出かけて行っては、
誰もの帰るところへ帰っていく。


人はいつも、どこかを目指して。
どこまでも歩き続け、疲れ果てても、
いつもどこかに、帰れるところがあるから、
だからまた、出かけて行ける。

人はいつも、何かを探し求めて。
探しても見つからなかったり、見失って迷っても、
戻る事の出来る、確かな場所があるから、
そこからまた、探しに行ける。

身の置きどころ。
心のよりどころ。
戻り、休めて、旅立つところ。


10年、20年、30年。
いつも必ず、どこかにはあった、帰るところ。
その時々に、「どこか」は変わりもして、
もう二度と、帰れないところも増えてしまった。


けれど、人には、いつも、帰るところが必要だから。
見失っても、見つけていく。
壊れても、作っていく。


目指し続けている「どこか」とか、
探し求め続けている「何か」って、
本当は「帰るところ」なんじゃないかって、
ふと思ったりもするから、

「疲れたり、見失ったら、いつだって帰っておいでよ。」
いつかは「あなた」に、そう言える人でありたい。

だから人は、いつだって、
見失っても、見つけていく。
壊れても、作っていく。


きっと人には、いつもどこかに、帰るところが必要だから。

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2006年10月20日

当たり前のこと。

「めたるねこ???・・・って、こちらでよろしいんですか?」

新しい作業場に、ちょこちょこと郵便物や荷物が届くようになりました。(初めての方は、大抵、「ねこ????」と?マークが浮かんでいて、「はい」と肯定する私としても、それがまたちょっと気恥ずかしかったりします。)
そりゃ、まぁ、住所がちゃんと書いてあれば、届くのは当たり前と言えば当たり前なんですけれどね。

送る人がいて、届ける人がいて、受け取る人がいる。
そんな当たり前すぎるくらい当たり前な事が、とても新鮮で、とんでもなく嬉しく感じたりしています。
(送ってくださった方、本当にありがとうございます!まぁでも、請求書とかの方が多く届いたりして、それはちょっと別の意味で泣きそうになりますが。)


先週、急ピッチで制作環境を整えて、今週から、仕事をスタート。さっそく納品にも行ってきました。

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自作のコークス炉(ふいご)で、初めて火を起こし。
送風機も初めてのものなので、風量やら火力の調整に、しばらく手間取りつつも、ようやく火が安定して。
鉄を真っ赤に熱し、アンビルの上で叩く。
その時、ようやく、「あぁ、やっと仕事を始められるようになった・・・」と。

もちろん、仕事をするために準備してきたのだから、仕事ができるようになって当たり前、なんですけれどね。


その「当たり前」なことが、「当たり前」のようにできる、ということ。(もしくは、「当たり前」のこととして成り立っている、ということ。)

それがどんなに大変で、どんなに大切で、どんなに嬉しく幸福な事なのか。

今になって、改めて分かった、などと言うとまだまだおこがましいですが、ほんの少し、実感できたような気がします。


ずいぶん前に、リリー・フランキーさんの「東京タワー」を読んだのですが、その中に、とても印象深いくだりがあったのを思い出しました。
(確か、ずっと子供が授からない夫婦が、よく小さなお地蔵さんの前で祈っていた、というシチュエーションだったと思うのですが・・・。そこのところはうろ覚えなので、違っていたらごめんなさい。)

「大人の想う夢。叶っていいはずの、日常の中にある慎しい夢。子供の時は平凡を毛嫌いしたが、平凡になりうるための大人の夢。かつて当たり前だったことが、当たり前ではなくなった時。平凡につまづいた時。人は手を合わせて、祈るのだろう。」
(リリー・フランキー:著 「東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜」 扶桑社:出版 より引用)

夢を追いかけて、新しく歩き始めて。
でも、そこで何よりも一番嬉しかったことは、特別な事でも何でもなくて、当たり前の事が当たり前のように(日常的に)なる、ということでした。
今、この言葉が、とても心に染みるのは、だからなのかもしれません。


何かを信じていようといまいと、ふと気がつくと、何かを祈っている時って、やっぱりあるんじゃないかと思います。(以前にコメントを頂いたり、コメントにも書いたりもしましたが、)自然と手が合わさってしまっていたりする時も。

例えばそれは、リリー・フランキーさんの言葉のように、「当たり前だったことが、当たり前ではなくなった時」。
「当たり前」でありますように、と、願いを込めて。

そしてまた、「当たり前」になったときにも、やっぱり祈るんだと思います。
今度は、「当たり前」でいられることに、深く深く、感謝を込めて。

posted by Metal_NEKO at 21:16| Comment(4) | TrackBack(0) | 微笑みの後に渡る橋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月30日

同じこと

ニシエヒガシエ。行ったり来たりの日々。

目まぐるしく過ぎ去ってしまう時間の早さを感じながら、それでも指折り数え直せば、あまりにも短い月日しか経っていなかったことに、驚いたりもする。
いざ事を始めれば、あれやこれや予想外の事も加わって、思うように進まなかったりして焦ったりもするけれど、それでもふと落ち着いて振り返ってみれば、かつて不安の中で想い描いていたよりも、遥かに着実に、ひとつひとつは前進している。

過ぎた時の長さは同じでも。
起った出来事や結果は変わらなくても。
そこから感じ取ることは、正反対に両極端だったりする。


やらなければならない事が多すぎる、なんて思ってしまうと、どこから手をつけていいのか分からなくなったり、不安や重圧に押しつぶされてしまいそうになる。
やりたいことがどれもこれもいっぱいある、なんて思えば、どれから先に取り掛かろうかなんて考えるだけでも楽しくて、ひとつこなすごとに、わくわくが増していく。

することの内容はまったく同じでも。
同じ一人の人間の中で、正反対に両極端な事を、同時に感じていたりする。


夜道を走らせる車の中、
気が付くと、笑みがこぼれていて、
知らないうちに、涙がこぼれていたり。

目まぐるしく、行ったり来たりしているようで、
でも、その瞬間瞬間に、同時に「ある」んだと思う。

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2006年08月08日

正直な告白

それほど昔という訳でもないので、覚えている方もいらっしゃるのではないかと思いますが・・・。
私は、こんなことを書いたことがありました。
機能を追及し、世の中はどんどん「便利」になる。でもその中で、半強制的に「買い替えさせられている」ような気にもなったり、まるで「便利さ」を押し付けられているようにさえ思ってしまうことがある、と。その例のようなものとして、SuicaETCにちらっと触れて、否定的というか懐疑的な感じで・・・書いてました・・・ね。
(⇒〔便利さと、快適さと、豊かさと。('06/1/25)〕)


え〜、正直に告白しますが。

Suica。
この春から使ってます。


ETC。
先日ついに導入しました。


・・・。



便利です。
ついつい、使ってみたくなります。
油断していると、大した意味もなく、乗ってしまいたくなります(ちょっと言いすぎ)。



・・・。

ごめんなさいな前置きはそのくらいにしておいて(笑)。
最近、何かにつけ、ふと思ってはいたのですが、誤解を招きそうな気もして、なかなか言葉にできなかったことがあります。

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2006年07月30日

塊のまま

いろんな思いが、渾然一体となったような。
塊が塊のまま、内にあって、ゆらゆらゆらゆら。

表もなければ裏もないように、
塊は塊のまま。

そこに正誤表や良し悪しの尺度を持ち込んだりして、
それを無理矢理分けようとしたりしたこともあったけれど。

ずっと向かい合ってきた塊は、
ずっと塊のまま。

そこに確かな「答え」を見つけられなかったら、そこから先には進めないなんて、
身動き取れなくなっていた事もあったけれど。

塊は塊のまま。
ごろん、と、転がりだす。

前へと進んでいこうとすること。
始まりは、自分自身のために。
自分が掲げた夢のため。

でもやがて、気づく。
前へと進んでいくことは、
いつしか自分のためだけではなくなっているから。

だからこそ。
塊は塊のままでも、
前へと、進んでいこうと思うんだろう。

塊のまま。
前よりも、ずっと強く。
前よりも、ずっと確かに。

弱さも、不確かさも、
そのまま、塊のまま。

ごろん、ごろん。

「わくわく」もすれば、「どきどき」もする。
何かが始まる時が、そうであるように。

塊は、塊のまま。

ごろん、ごろん。


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関東甲信地方も、梅雨がようやく明けたとのことで・・・。
いよいよ、夏本番!ですね。(←これもひとつの「始まり」でしょうか・・・。)

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2006年06月18日

父の日

自分の身を省みるに。


慎重で細かなことまで気になって、大きな決断がなかなかできない。
(それを優柔不断というのかもしれませんね(笑)。)

自分もやっぱり、父の血を受け継いでいるなぁ、と、ふと思ったりもする、この頃です。


と同時に。

しっかりしているようでいて、意外とボケボケなことをやらかす。

それは今度は、母の血を受け継いでいるんじゃなかろうか、と・・・。
(ちなみに、母の方が、結構大胆な決断をしますね。)


でも。

そんなに大きな決断ばかりでなくとも、慎重に注意を払いつつ、選択を重ね。
ボケボケのように見えながらも、意外としっかりと押さえつつ、時には大胆な決断を下していけたら。

そんな、父と母の血を受け継いでいたら、それでも充分なんじゃないかと、ふと思ったりもする、この頃です。


そんな血筋の両親に、感謝。


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2006年06月08日

光明

小さな決断を積み重ねて、流れるように重なる日々。
その中に時折差し挟まれる、大きく流れを変えるような節目。
岐路とも転機ともなるような、重要な局面。
流れを変えるがごとく、大きな決断をするべき時が、人生にはいったいどのくらいあるのだろう。

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問いかけてみる。
「今」、なのだろうか。
「そこ」、なのだろうか。

問いかけ続けてみる。
答えはいつも、「今」にはなくて、
「後」になってから分かるものなのだけれども。

考えすぎると、動けなくなる。
それは分かっていつつも、
でもやっぱり、問いかけてみる。

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禁煙、明日で・・・。

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2006年05月30日

理屈じゃなくて

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たぶん理屈じゃなくて、
ある時急に、自転車に乗れるようになったみたいに
何にでも、そんな瞬間があるような気がします。

延々と、同じことを繰り返し、
違う、こうじゃないと薄々は感じながら、
でもどうしたら?とは頭では分からずに。

少し何かを掴めたか?と思えば転び、
その時うまくいったかな?と思っても、
振り返れば散々な出来。

でもそれよりずっと前よりは、
少しは良くはなっているみたいだから、
また延々と、繰り返してみる。

さすがに、BMXでトリックを追求したりとか、
MTBの大会に出場したりとか、
ツール・ド・フランスめざしたりとか、
そういうようなことは望みもしませんが、

例えば自転車に乗れるようになると、
ぐんと行動範囲が広がるような、
ちょっぴり世界が広がるような、

たぶん、だから、
そんな瞬間のために、
ひたすら繰り返してみる。

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禁煙90日目!

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2006年05月29日

熱しにくく、冷めにくい。

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何かに惹かれ、何かに惚れる。
そこから、始まること。

例えば、物に。
あるいは、空間に。スタイルに。
惚れることから、始まること。

例えば、素材に。
あるいは技に。歴史に。
惚れることから、始まること。

例えば、人に。
その人に惹かれ、その人に惚れる。
そこから始まる、こともある。
惚れることから、始まる仕事。


幸せな「かたち」、幸せな「すがた」。
その始まりに、何かに惹かれ、
その始まりに、何かに惚れ。


惚れたとこから、始まることは
結構幸福なものだから。


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禁煙89日目。

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2006年05月24日

想い、思い出、重み、未来。

060514-01-s.jpg


未来のことを考えているときに、思い出す過去のこと。

例えば思い出が、
その時抱いた想いの強さと、その後に重ねた時の重みで
より確かな鮮明さをもって、より強く大切なものとなるのなら。

未来のことを想うことと、思い出を思い出すことが、
とても近しい間柄のように感じられることがある。

未来への確かな鮮明さも、
そこへと抱く想いの強さと、そこまでに重ねていく時の重みが
大きく影響を及ぼすだろうから。


だから、未来も思い出も。
そこだけ切り取って、つるつるのぴかぴかに
しなくてもいいんだと思う。

思いは、時が過ぎれば薄汚れていくだけのようなものじゃなくて
重ねた時が記憶のように刻まれていくものだから。

忘れ難いもの。
消し去ることの出来ないもの。

だから僕らは、それを抱えて時を重ね、
未来へ進んでいくんだと思う。

つるつるのぴかぴかじゃない、確かな未来へ。

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禁煙84日目。

※最初の画像は、先日自作した当て金(加工用の道具)です。
熱して叩いて作ったもの。つるつるのぴかぴかにはしたくなくて、このまま使っています。

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posted by Metal_NEKO at 00:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 微笑みの後に渡る橋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月27日

知っているはずのこと。

風呂上りの夜空。
暗闇の谷間に大きく響いた、梟の声。

その大きさに、近さに、驚きつつも
あぁ、ここにもいるんだ、と少し安堵したり。

けれども、以前にこんなふうに
近くに確かに聞いたのは
いつだったのか、どこだったのか、
そういうことは、あんまり思い出せなかったりする。

例えば、そんなふうに。
その存在も、声も、
当たり前すぎるほどに確かなものなのに、
でもだからこそ、分からなくて、思い出せないこともあったりする。

例えば、そんなふうに。
思い出そうとして、でもどうしても思い出せないこと。
でも時々、気をつけないと、
そんな当たり前のようなものの中に、
自分の体の記憶ではないものなんかが、
こっそり忍び込んでいたりするのかもしれない。

当たり前のように、「知っている事」。
確かに「知って」はいるのだろうけれど。
「知識」として知っているのか、「体感」して「実感」したものなのか、
当たり前に感じていることほど、僕の場合は怪しかったりするのかもしれない。

闇夜に響く、梟の声のように。


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禁煙57日目

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posted by Metal_NEKO at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 微笑みの後に渡る橋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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