2008年12月22日

情熱の大きさ

ちょうどいい機会があったので、渋谷に恒久展示された岡本太郎さんの「明日の神話」を見てきました。

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これを描き上げた、岡本太郎さんの情熱。
日本に持ち帰り、修復した人たちの情熱。
誰でも見ることができるように、この場所に恒久展示した情熱。

この壁画の前で感じた大きさ。
長さも高さも。深さも、広さも、重みも。
これが、情熱の大きさなのかな、なんて思ったりもしました。

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▲何だかよく分からないけれど、気になるものも、たくさん。


明日の神話 再生プロジェクト オフィシャルページ

 
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2008年11月16日

「美の本質を照らし出す展示デザイン」

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先日、東京国立博物館で開催されていた「大琳派展」を見に行き、博物館の展示デザインをご担当されている木下史青さんのセミナー、「美の本質を照らし出す展示デザイン」を受講してきました。

とても感銘を受け、いろいろと勉強になり、そのことを書こう書こうと思っていたのですが・・・。
もう少し落ち着いた頃、ちゃんと頭が働いている(笑)時に、またご紹介させていただきたいと思います。

今回のセミナーを企画された戸倉容子先生のブログに、詳細記事がUPされていましたので、どうぞご参照ください。

 情熱大陸出演の木下史青さんと

 国立博物館 デザイン室長からの学び。

 
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2008年09月11日

inspiration

以前にもご紹介したことがある、Ryuzu【リューズ】サトウタカシさん。

サトウさんとハンダスナオさんのユニット、Tacio Canasのライブ&トークイベントがあって、昨日の夜、海岸215スタジオへ行ってきました。

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テーマは、「インスピレーション 〜オモイツキの育て方〜」。お二人のやり取りの中で曲が作られていく様子を取り上げられて、ものづくりの進め方や取り組みの姿勢など、ジャンルは違っても、やはり共通するものがあるように感じられました。共感したり、なるほど、と思ったり。とても興味深く、そして面白かったです。

コラボレーションって、やっぱりいいなぁ、と憧れますね。
普段、ずっと一人で制作しているから、なおさらそう思うのかもしれません。お客様と打ち合わせを繰り返して、お互いの方向性がうまく合った時、あれもやっぱり嬉しいものです。
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2008年01月23日

Larry Kaganの鉄と影の作品展

照明などの光が関わる物(作品)に、鉄のようなはっきりした素材が使われている時、その素材の形によって生み出される光と影の織り成す表情に、とても大きな魅力や面白さがあるんじゃないかと感じています。

もちろん、個人的に、そう思うだけですけど。

点いていないときの物自体の形と、点いたときに現れる光と影の現れ方の意外性だとかもそうですね。


と、思っていたら。


JDN(ジャパン・デザイン・ネット)に掲載されていた、海老原嘉子さんがレポートされていた、 「Larry Kaganの鉄と影の作品展」 


……………………………えぇ???



以前、とあるインテリア関係の展示会で、床にきれいな影を「描いて」展示していたブースがありましたが、これは、そんなフェイクじゃなくて、正真正銘、本物…?!。


何で?


何がどうなってると、本当にこうなるんだろう…。


分からん…。


最初にこれを見たときには、正直、理解を超えてしまっていて、しばらく呆けてしまいました。


すごいなぁ〜。いや〜、う〜ん…。


ぜひぜひ、一度見てみてください。うん。


あ、こちら↓でも、もっといろんな作品、見れました。

Larry Kagan "gallery"

写真のところにカーソルをもっていくと、たくさんの作品を選んで見ることが出来ます。(「クリックするとこのコントロールをアクティブにします」と表示が出たら、クリックしてみてください。)

"Photos"や"Steel and Shadow"なんかに、作品画像がいろいろあるみたいです。
中に、電気のスイッチがある画像があったら…。

ポチっと(笑)。



あ、この続き↓は、上のWebsiteを見たあとで読まれた方がいいかもしれません。


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2006年01月04日

「〜とは?」、と考える。

すっかり新年気分を満喫してしまった今年のお正月でしたが、そんな気持ちにも区切りをつけるべく、ようやく富士見に戻ってまいりました(笑)。
明日からは、いよいよ卒業制作最後の仕上げにとりかかるのですが・・・。ま、それはおいおいまたUPさせて頂くとして。

この年末年始に、「工芸とは?」「装飾とは?」と考えてみたいと思い、以前ご紹介させて頂いた本も読み進めていたのですが、その中で、「芸術とは?」というような事にも思いが向いてしまって・・・。
つい、実家に置きっぱなしになっていた、昔読んだ本にも、手が伸びてしまいました(笑)。


たびたび書いてきましたが、私、かつては「詩」のようなものを「作って」いました。
その時に、「詩とは何ぞや?」、「芸術とは?」などということを、主に「言葉」の分野で(詩ですから)延々と考えていた時期がありまして・・・。
で、その時に、ほとんどバイブルのように読みふけっていた本が、以下の2冊でした。


「詩の原理」 萩原朔太郎:著  新潮社(新潮文庫)

「芸術の哲学」 渡邊二郎:著 (ちくま学芸文庫)


改めて、パラパラと読み返してみたら・・・、いや〜、あんなに読みふけったはずなんですけれどね〜。
相当、中身を忘れていました(笑)。むしろ、「きれいさっぱり」に近いくらい。
ま、それはともかく。

萩原朔太郎氏の「詩の原理」の方は、今、改めて読み返すと、「う〜ん?」と思ってしまう箇所もなくはないです、正直。(そのあたりは、柳宗悦氏の「工藝の道」と、もしかしたら同じような感じかもしれません。)
しかし、この書を読む事で、改めて「詩的なものとは?」「芸術とは?」と考えぬくスタンスを学んだ事は、少なからず今の私の思考の原点になっていますし、「詩」や「芸術」の意義や役割について、今も私の考えに大きな影響を及ぼしていることは、間違いないでしょう。

渡邊二郎氏の「芸術の哲学」も同様に・・・。西洋哲学の観点からではありますが、「芸術とは何か」ということについて、言葉でびしっと答えを出されています。


で、私がこの2冊を読んだ当時(6〜7年くらい前になるのでしょうか・・・)に、私なりに(理解できた範囲で)この2冊を紹介していた文章があったので、ふと読み返してみたら・・・。
いや、自分の書いた文章ながら、つい「ぷっ」と吹き出してしまいました。
若気の至りというか、ずいぶん小生意気な書き方をしているせいもあるのですが、それよりなにより、根本的には今に至っても何も変わっていないんだなぁと。
厚顔無恥もいいところですが、その過去の文章、原文のまま載せてみますので、お暇があれば、ご笑覧ください。
過去の文中の、「詩」の箇所を、「工芸(工藝?・クラフト?)」や、あるいは「装飾」などという言葉に置き換えてみれば、今考えている事と、ある意味基本的にはそんなに変わっていないのではないかと思ってしまうくらい。(それもそれで、生意気というか、己の身を考えない傲岸不遜な考えには聞こえてしまうかもしれませんが・・・。)

最初に「詩」に出会い、そこからより具体的な形ある物として、人々の生活に関われるものづくりを、と、「製造業」を志し、さらに今の道へ。
その時々での揺らぎも当然ありましたし、実現の為の「手段」こそ変化してきたとはいえ、そこには、ずっと変わらぬ「思い」が根底にあり続け、より現実的な(実現可能な)方向へ進んでいるように感じられるような、僅かなりとも、確かな手ごたえを改めて感じられたことは、良かったのかもしれません。

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2005年12月30日

二つの極の狭間で

先日、artscapeで、「2005年世界の現代アートを総括する」(記述:市原研太郎氏)との記事を目にし、興味深い見方だと思っていたのですが、ここしばらく自分の考えていたことと、少し何か繋げて考えられそうな感じもしてきました。

「2005年世界の現代アートを総括する」によると、現代アートの世界では、極めて顕著に二極化の傾向が見られるようになったそうです。


「巨大化したマーケット(世界市場)で流通可能なもの」と、「そうでないもの」
「享楽や投機」の場(アート・フェア)と、「批判や変革」の場(ビエンナーレ)。



こうした、大局的に見て、二項対比のように物事を捉えるのは、確かにものの見方として分かりやすいですね(笑)。
この記事で指摘されている上記の点などは、アートに限らず、政治・経済や、ものづくりの分野においても、少なからず共通して当てはまるものがあるようです。
また、「グローバリズム」「ローカリズム」ということにも言及されており、これもまた、現代の世界が抱えている象徴的な言葉かもしれません。 


ただ、二極化したからと言って、そこにすべてが当てはまるわけでもありませんし、そのどちらが「正しく」「間違っているか」ということでもないことは、恐らく自明の事でしょう。
そのいずれにも利点があり、どちらにも欠点もあるのだと感じます。


この記事の中で、私が一番興味を引かれたのは、「多文化主義」という概念でした。
この概念(思想?)は、結構前からあるらしく、いったんは衰退しかけたようですが、この記事では、今年イスタンブールで開催されたビエンナーレを取り上げ、異文化どうしの交差と融合の長い歴史を持つ土地柄で開催されたことに、新たな意義と可能性を見出そうとしています。

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2005年10月19日

言わなくても、言われなくても・・・

イメージオペレーション演習という授業での課題。
今日は、どうもなぁ・・・と感じつつ、時間切れで改めて見たら。

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・・・何か、カビが生えてるみたい・・・。

絵や芸術系のものもそうですが、作品制作の方も、その時々の心情がかなり反映されてしまうことって、ありますよね。
きっと、そういうのは、見る人が見れば、分かってしまうのでしょうね。
(まぁそれ以前に技術的に、という話はおいといて。)


口で言わなくとも、伝わってしまうことがあるということ。

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2005年09月29日

行ってきました、山梨県立美術館。

もう昨日の話になってしまいましたが、そんな訳で、行ってきました、山梨県立美術館
「南仏モンペリエ ファーブル美術館所蔵 魅惑の17-19世紀フランス絵画展」
昆虫学者のファーブルのコレクションだと勘違いしていたのは、どうやら私だけではなかったみたいで、ちょっと安心しました(笑)。

とはいうものの、今回は、絵画に興味があって、というよりは、展示の仕方の方に注目して・・・ということだったので、まぁ正直なところ、あんまりじっくりと一つ一つの絵画を鑑賞する、という感じではなかったですね。いいなぁと思う作品も、もちろんありましたけれど、まぁそれは今回割愛して。

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今回の企画展が行なわれたのは、本館(旧舘)の方で、そこから渡り廊下を通っていくと、新館があります。学校のバスでみんなで行ったので、時間も限られていた事ですし、企画展の方は1時間もしないうちに切り上げて、新館の方へ。

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2005年09月27日

ファーブル昆虫記の・・・ではなくて。

久々に、休日。
存分に寝放題だったので、ようやくしなしな顔も、元に戻ってきたような。
洗濯をしたり、ちょっとゆったりまったりと、一日が過ぎていきます。
窓の外の学校も、いつにもまして静か。
たまには、そんな一日もいいかな、と思いつつ、卒業制作の資料作成の方も、ちょこちょこ手をつけながら。


明日も、学校は振替休日ですが、自由参加の特別授業のような形で、山梨県立美術館で開催中の「南仏モンペリエ ファーブル美術館所蔵 魅惑の17-19世紀フランス絵画展」へ行くことに。


ファーブル、と聞いて、私が頭の中で思い描いていたのは・・・ファーブル昆虫記で有名な昆虫学者のジャン=アンリ・ファーブルの方でした(笑)。あ〜きっと、ファーブルが観察した昆虫のスケッチがいっぱいあるんだろうな〜、と。

そんな風に勘違いしていたので、ま〜やらなきゃならないこともあるだろうし、行かなくてもいいかな、と思っていたのですが・・・。今回文化祭に来て下さった美術史の講師の方(以前、山梨県立美術館の学芸員だった方)が、文化祭の展示を見て、「展示の仕方の勉強になるから、見たほうがいい」とおっしゃられたので・・・、急遽「んじゃ、行きまっス」ということに。
何でも、旧舘と新館の方で、展示スペースのあり方がまったく違うそうです。それを比較対照することによって、どういった展示が望ましいのかの、格好のケーススタディになるのだとか。

それから改めて今回の展覧会の内容を調べてみたら、ファーブル、思いっきり違う人でしたね。フランス古典主義の、フランソワ=グザヴィエ・ファーブル(1766-1837)という画家がいたそうです。(すみませんね〜、私の美術史の知識なんて、その程度なのです。)
その美術館の所蔵品で、今回、ドラクロワミレーマティスなども展示されるとか。今知りました。へ〜。

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2005年07月17日

これは、誰の手?

今日は、それなりに塗装日和だったのでは、と。
下地の塗装をする合間に、チェーンソーでゥワンゥワン古材を切ってたり。ちょこちょこ修正&追加作業をしたり。
古材、階段の踏み板にするものなんですけどね(あんまり予算がないので)。先に用意していた古材、切ってみたら中がボロボロに朽ちていたので、また新たに切り直しです。(こちらの加工は、夏休みに入ってしまうことに。)

塗装中(しかも下地)の画像をUPしてもあんまり面白くもないので、ちょっと趣向を変えて。

050717-01-s















こちらは、イメージオペレーション演習の前期最後に描いた「棒と手」
今回は、描くだけにとどまらず、その後、学生どうして見せ合い、「これはどんな人の手に見えますか」と、ヒアリングを行なうというオマケ付きでした。

絵を見せながらの質問は、こんな感じです。
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2005年05月31日

「自然の中に見出す美しさ」 

この文章は、私がまだ、1年生だった2004年に、「形態演習」という基礎造形実習で取り組んだ課題に対して、考察したものです。
1つは、粘土で自然の形(貝)を拡大コピーするという課題。
もうひとつは、綿棒で正多角形(定形)を作り、次にゴム風船に石膏を流し込んで不定形を作るという課題。
課題としては、そんなに面白みのあるものではなかったのですが、自然の作り出す形や、定形、不定形、様々な「形」に、「美しさ」を感じたり感じなかったりするのは、どうしてなのか、自分なりに考え、捉え直す非常にいい機会となりました。
日々、「美しさ」とは?と考え、今回、「装飾とは?」と改めて問い直す中で、この時の自分なりの結論は、自分なりのよりどころとなっているように今でも思いますので、改めて転載することにしました。「装飾とは?」との記事と、合わせて読んで頂ければ幸いです。



<粘土による貝の拡大コピー>より
「(前略) 自然の形は、一見不規則に見えても、よく見るとそこには何らかの規則性がある。ただの偶然や、何の意味もないように見えても、よく調べると、そこには必然とも言える意味や理由がある
だからこそ、人は自然の中に美を見出すのではないだろうか。美しいものは、人の心を捉え、魅了し、安らかな心地にする。その逆もまた、言えるのではないだろうか。

すべてが不規則で偶然に支配されているとしたら、次に何が起こるかまったく分からない不安に、人は生涯怯え続けることになるだろう。存在するものや出来事には、何らかの規則性があり、意味や理由があるのだとすれば、人は安心する。
人が自然の中に美しさを見出すのは、常に多くの不安を抱えながら生きる中で、心のよりどころとなる確かな約束を感じるためなのかもしれない。」



<定形と不定形>より
「(正多面体のような)定形は、どこからみても同じ形をしており、いわば完成された規則性に基づいた構造体と言える。規則に基づく定形の連続は、安定感を与え、見る人を安心させる。心の安らぎが『美』と関わりをもつのだとしたなら、定形とは、約束された美しさとして人の目に映るであろう。
それでは、不定形はどうなのだろうか。一見しただけでは、そこには確かな規則性もなく、偶然に支配されているようにも見え、不安定な印象を与えるものもある。だが、本当にそうだろうか。前述の<粘土による貝の拡大コピー>の項でも書いたが、やはり、偶然と思える形であっても、そこにはある規則があり、何らかの必然によって成り立っていると考えるのが妥当であろう。


例えば今回の不定形は、ゴム風船に石膏を流し込むことで形作っているが、ゴム風船にはゴム風船の性質があり、石膏には石膏の性質がある。
ゴム風船の伸び方や膨らみ方は、ゴムという素材の持つ特性に基づくものであり、例え1つ1つの形や大きさが違うとしても、その特性から逸脱するものではない。自然の流れに従えば、ゴム風船はギザギザに尖って膨らんだりはしない。自然の摂理に従った無理のない形となり、無理がたたれば破裂する。
石膏も同様に、石膏の性質に基づいてある形となる。固まる前の液体であれば、液体の性質に基づいて、形は流れる。固体となっても、石膏は石膏の性質から逸脱はしない。

石膏には石膏の、他の材質であれば、また他の材質に特有の、それぞれ異なる性質がある。それは大きな意味での規則として、その物質の形を決定する。その物質が姿を現す時も、姿を変える時も。
定形も不定形も、ある規則に基づく必然的な結果としての形であるという点では、その根底において同じ価値(意味)を持つ、つまりどちらにも普遍的なものがあると言えるかもしれない。違うのは、その形成に複雑に絡み合い、相互に影響し合う、幾多の要因のせいである。


あえて、定形と不定形から受ける印象の違いを挙げてみるならば、定形は静のイメージであり、不定形は動のイメージであろう。
正直なところ、定形からは安定感を感じるものの、面白みはほとんど感じられない。形の持つ面白さと言う点では、不定形の方が圧倒的に面白い。不定形の持つ面白さは、その躍動感から来るものと言えるかもしれない。

『面白さ』とは、『親しみやすさ』と言いかえられはしないだろうか。完璧すぎるものには、驚嘆こそすれ、親近感は感じにくいのが、人の正直なところではないだろうか。
我々は完璧なものに憧れを抱きつつも、我々自身も、我々の形作る物も、いつもどこか不完全である。『こうであるべき、あらねばならない』という理想から、いつもどこかかけ離れ、多くの欠点を抱え、他人や他の物と何かと比較しては、その違いに辟易する。
定形は、ある種の理想像を見るものに想起させるが、もしも不定形にある種の面白さや親しみやすさを感じるならば、それは逆に、見るものに己自身の姿を思い起こさせ、その姿に共感を覚えるためではないだろうか。そして、意外性を感じ、例外的に見え、一見理想からかけ離れた定まらぬ形のようなものであっても、それらにもやはり、根底には確かな規則性があるのだと見出したとき。

あらゆるものに普遍的なもの。
<粘土による貝の拡大コピー>の項で、私は『美しさを見出すのは、心のよりどころとなる確かな約束を感じるためなのかもしれない』と述べた。『確かな約束』とは、つまるところ、この『あらゆるものに普遍的なもの』が存在するということである。
普遍的なものが存在するがゆえに、我々は共感する事ができる。慈しむことができ、思いやることができる。そこから生まれるのが、いや、そのこと自体を指し示すのが、広範な意味での『美しさ』なのではないかと思う。」

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2005年05月17日

美しい手

3年生(最終学年)ともなると、格段に工房実習の時間が増えて、その他の講義・演習系の時間は、数えるほどしかないのですが、その中にイメージオペレーション演習という科目があります。前期は、「言葉と手」という課題で、「美しい手」、「醜い手」、「危険な手」といった題名が毎時間与えられ、その意味を自分なりに考え、自分の手でそれを表現し、デッサンする、というものです。
で、今日のお題(課題)は、「美しい手」。

美しいって、どういうことだろう?と、考える訳です。
西洋だと、ギリシア・ローマ時代や、ルネサンスの頃など、理想的な美の様式があって、例えば黄金比に代表されるようなプロポーション(比率・比例)であったり、構成やバランスなどが、論理的に(半ば数学的とも言えるほど)考えられていたようです。
そうした美の捉え方も、あるでしょう。

さて、私の場合は・・・。
ちなみに、こちらが、私が描いた、「美しい手」。

050517-01-s







・・・モデルが悪いんじゃないの?という話もありますが、それはさておき。
え〜?これが美しい手の形?という話も・・・。まぁいいとして。
デッサン狂ってんじゃないの?という話も・・・。すいません、勘弁して下さい。

自分なりに、考えるには考えたんですよ。例えば、しなやかさ、とか、曲線的、内に秘めるもの、適度に力の抜けた穏やかな安らぎ・・・とか。
1時間で描きあげた後、全員でそれぞれが描いた絵を見ながら、何故その形にしたのか、説明したり。で、他の学生が、どんなイメージを持ってそういう形にしたのか、と言うと・・・。

「ピアノを引く手」
「貴婦人の手」
「何かを持っている手」
「仏像(菩薩)の手」
「女性の手」
「マンダムな手(?)」
などなど。

「ピアノを引く手」というのは、やはり美しい曲を奏でているとき、というイメージなのでしょう。講師の方の(というか、担当しているのは校長先生ですが)解説の中にもあったように、1つの目的に向かって、無駄なく動くものの中に感じられる美しさ、というのは、確かにあるような気がします。いろいろな分野のプロや職人さんの、無駄のない動き、流れるような身のこなしで作業しているところを見ると、やはり一種の美しさを感じます。優れて機能的であるがゆえの、美しさ。職人さんや年配の方の、ごつごつとして皺だらけの手に、美しさを感じられる方もいらっしゃると思います。
それから、「女性の手」や「菩薩の手」などからは、細く、長い指がすらっと伸びていたり、しなやかに曲がるイメージが浮かび上がってきます。
また、程よい緊張感がある、というイメージを、何人かが共通して持っていました。力んでいるわけでもなく、弛緩しているわけでもない。精神的な強さと安定を兼ね備えているような、自然体の手の形。

ちなみに、「マンダムな手」をイメージした学生は、最終的に描き上げてみると、「美しい手」ではなく、本人いわく「邪悪な手」になっていました・・・。
指の開き具合や角度、掌に包み込むような空間を持たせたり、構成の美しさを狙った学生も少なからずいましたが、「美しい」という言葉によって想起される概念的なもの、講師の方いわく、「形の背後にある精神的な部分」に注目した学生が、私も含めて多かったようです。


「美しさ」って、何だろう?
様式化された美の定理、というものも、確かにあると思います。
でもまた一方では、美しいと感じるのは、人の心。そこにある種の普遍性はありえても、絶対的なものではありません。
人の心は例外だらけで、唯一無二の方程式で割り切れるものではない、と思います。

「美しさ」について、オードリ―・ヘップバーンが紹介した言葉、私は大好きです。

「『魅力的な唇にするために、思いやりのある言葉を語り、
 かわいらしい瞳にするために、人の素晴らしいところをよく見て探し、
 スリムな体型にするために、飢えに苦しんでいる人と食べ物を分かちあい、
 美しい髪にするために、髪の毛を子供に触れさせ、
 よい姿勢を保つために、人は決して一人で人生を歩む事はない、ということを理解して歩く女性。』

 そういう女性が、美しい女性です。」

(『 』内の言葉は、もともとは、Sam Levenson という人の、"Time-Tested Beauty Tips"という詩からきているそうです。)

「金属の手(05/5/10)」で、ココ・シャネルの言葉を紹介しましたが、どちらも、内面的な美しさについて語られています。片や、ハリウッド屈指の女優。片や、有名ブランドの創始者。一見、「外見上の美」の象徴のような二人が、ともに、内面的な美しさこそ、本当の美しさなのだと語っていることが、私にはとても印象的なのです。


あなたは、何に「美しさ」を感じますか?



いつも読んでくださって、ありがとうございます。

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「工芸」部門
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2005年05月09日

「グループ展 開催報告」、プレゼン無事終了

昨日から作り始めた、展示会の開催報告書。結局今日の朝までかかってしまいました。でも、おかげで何だかすごいものになってしまいました。

全般的な報告書+4名の個別レポート付きで、40ページの分量。何だか初心者向けの展示会開催マニュアルのような感じに。

 

2時間ほど睡眠を取り、その後、メンバーとミーティングをし、午後一の講義でプレゼンのようなことを行ないました。相当な分量に及んだので、講義時間内にはすべてを説明しきる事は出来ませんでしたが、講師の方は、「これはいい資料だ」と喜んで頂けたようです。
ただ、肝心の学生側からは、反応がイマイチだったような・・・。あんまり興味ないのかな。残念。次は、みんなの展示会を楽しみにしているのに。


確かに、展示会を実際に行なおうとしたら、相当大変です。でも、やって初めて分かることもあるし、やれば必ず新しい発見や得るものがあると思います。
「成功した」とか「失敗した」とか、ただそれだけで終わらせるのではなく、その結果から何を学ぶのか。人とのつながりを大切にし、更なる成長や次に繋げていくことが、展示会における最大の収穫のようにも思えます。
 

 

いつも読んでくださって、ありがとうございます。

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「工芸(クラフト)部門」があったらいいのにな〜、と思いつつも・・・。

ただ今、約130位くらい。当初は450位くらいでしたので、じわじわ上がってきております。

皆様のおかげです。ありがとうございます!

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2005年02月19日

日本装飾美術学校 第2回卒業制作展

私が所属している学校の、第2回卒業制作展が、諏訪は富士見の本校で開催中です。
東京展は、フランクロイド・ライト設計の、自由学園明日館で行なわれていましたが、盛況のうちに終了したもようです。
ただ今、学校周辺は、ずいぶんと雪が降り積もっていますが、どれも力作ぞろいですので、是非お越しください。

詳細は、日本装飾美術学校のHPでも紹介されていますので、ご確認ください。
URLはこちら。↓
http://www.decobi.com/

ちなみに、2月21日までの開催となっておりますので、お早めにどうぞ。
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